彩飾写本  Illuminated Manuscript


 (Manuscript)とは、「手で書かれたもの」を意味します。印刷術がまだ発明される以前の中世では、すべての書物はまさにひとの手で一文字ずつ筆写され、彩色が施されていました。西洋中世において写本は、実用的な役割だけでなく十字架のように象徴的な意味をもっており、それを体現したのが彩飾でした。”Illuminate”とは「輝かせる」という意味であり、たんなる彩色とは異なります。彩飾写本にみられるさまざまな装飾要素は、写本芸術固有の表現領域といえるでしょう。その制作には、高価な材料が必要であるだけでなく、きわめて多くの時間と労力が必要とされているのです。
 

 

 制作の中心は、ロマネスク時代までは修道院の写本制作所でしたが、ゴシック時代には世俗の工房に移り分業化も進められました。。
 

羊皮紙について
 装飾写本においてはその支持体はほとんどが羊皮紙で、英、仏語ではそれParchment,Parcheminと呼ばれ、これは小アジアの都市ペルガモンに由来しています。紀元前2世紀に、当時エジプトを支配していたプトレマイオス4世が、ペルガモンの図書館が充実し名高くなってゆくのを妬んで、ペルガモン向けのパピルス輸出を禁じたために、それに窮したペルガモンのエウメネス2世が羊皮を発明し、これがParchmentの言葉の由来だと記されています。ペルガモンは古代世界で最も重要な羊皮の集産地で、また仕上げ加工の地でもあり、そして地中海諸地域への輸出中心地でもあったのです。エジプトのパピルスに比べて遥かに高価でかつ筆記用紙として取り扱いが不便にも関わらず用いられたのはその丈夫さと耐久性にあります。 超特級品は羊の胎児もしくは生後間もない羊の内皮(皮膚の表面を削り落とした部分)とされ、西欧では13、4世紀の頃まではウテリン・ベーラムUterine Vellumまたは単にベーラムと呼ばれて珍重され、特に華麗な装飾や挿絵を伴う聖典や公文書を作るに用いられました。皮の加工技術も進化しましたが、若い皮程上等なのは言うまでもなく、その差は製品の肌理に現れる。老いた皮程肌が荒く、吸水量が多いためにテンペラ等の水性絵の具で彩色をすると発色や光沢に微妙な差が生じてきます。その彩色の仕上がりの良さは支持体として最も大切なのです。
 

 

  紀元2世紀までには羊皮紙はヨーロッパに伝来したそうです。短時日の間に羊皮紙を用いる習慣はすっかり定着し、使いやすい皮としては薄くて腰があり肌理細やかなものがよいとされています。両面の使用は、製本においてのみ認められ、羊皮紙は湿気に敏感であり、時にはその美しい平滑な外観が失われることもあります。
 

 

参考文献:西洋美術館 内藤コレクション 解説

森田恒之 「画材の博物史』

この教室では、彩飾写本のそれぞれの要素を学ぶことができます。
対象曜日:金曜日・土曜日

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黄金テンペラ画 Golden Tempera Painting

 原始の時代から絵を描きたい時には、その材料は最も身近にある素朴なものから作られていました。獣の皮や骨を煮出してとれる膠などの接着剤や卵の黄身の固着力を利用し、それに色のある土や石、岩などを砕いた粉末顔料や木の樹液、草の汁、動物や昆虫の出す液体などから抽出した色素などを混ぜて絵を描いていたのです。
 

 

黄金背景テンペラ画  Tempera Painting  

 中世(11~13世紀)のヨーロッパではこうしてものを混ぜて絵を描くことをテンペラといい、その語源はラテン語のtemperare(混ぜる、調合する)です。古くはエジプトのミイラ棺の肖像画にも見られ、そしてビザンティンではイコン画(聖像画)にも使われました。
 後に卵黄と酢を使って絵具を練り合わせて描くことをテンペラ画と呼ぶようになり、卵黄は顔料と支持体を繋ぎ合わせる固着力が強く、乳化作用のあるレシチンやアルブミンを含むため、 自身の油分と水を混ぜてもマヨネーズのように分離しない乳濁液を作り出す媒剤なのです。
 その最大の特徴は濡れているうちは水に溶け、乾くと水に溶けなくなり、油の中にも混ぜることができるという、極めて稀な柔軟性と堅牢性を兼ね備えた素材として、絵画技法に非常に有用なことから使われ続けられたのでした。
 
 やがて、テンペラ画が大きく開花したのはルネッサンスを境として発展したヨーロッパの宗教画です。当時の聖書はヘブライ語やラテン語やギリシア語で書かれていたので、それを読み解くことのできるのは限られた聖職者のみでした。一般の人々は文字からではなく、聖職者の解釈から教えを受け、絵画はまさに人々にキリストの教えを示すものとして、黄金を伴いながら輝いていたのです。
別の生徒さんの作品:背景に金箔を水貼りして磨き模様を入れたところ。
鏨打ちが終わったところ。これから天使の描写です。
 当時の画家は職業としては独立しておらず、金銀細工の装飾品や家具などを手がける工房職人の一人でした。その工房に徒弟として入り、絵画のみではなく、装飾も含め、幅広く様々な技術を習得したのです。板の上に石膏を施し、レリーフなどの装飾を加え、その上に金箔を置き、瑪瑙棒で磨いたのちに、最後に絵具を作り、テンペラ絵具で彩色する。当時の画家たちがこのような幅広い作業を行うことができたのも、その取り巻く環境からも頷くことができます。黄金背景テンペラ画はこのような環境の中で生まれたのでした。
 テンペラ画の描写で特に用いられるのが、ハッチング(Hattching)と呼ばれるものです。細い筆の穂先を使用するため、筆に含むことのできる絵具の量が少量のため、Hattchingの1ストロークの長さが1cmほどの長さになるのです。短い線による筆致を重ねてゆき、筆致の多少による集積の層を作ることによって、濃淡の階調をつけて描きこんでゆきます。そうすると、やがて隙間のある独特なリズム感のある重なりによって美しい階調を作り出すことができます。  
 微妙な色調を表すには、ハッチングの間から見える異なる色が、点描と同じく網膜上で明るい色どうしが混色されるため、濁ることなく鮮やかな色調を生み出し、テンペラ画が明るい色を放つ要因の1つになります。
また、彩色層の上へ重ねて、更なる彩色を行う場合、上層部のリタッチで未乾燥の下層が崩れることが多くなるために、乾燥の早いハッチングや点描による描写技法は不可欠だったのです。また、その絵具は見かけの乾燥が速く、油彩のような指先でぼかす技法などが無理なことからも、描いた感じとしては若干硬い表現になりますが、諧調をつけるのにはハッチングが最適なのです。
     黄金に輝く金箔と明るい色調のテンペラ画、巡覧豪華なこの組み合わせはまさしく奇跡の組み合わせと言えるでしょう。 そのような中でテンペラ画の技法は開発され、試され描かれていったのですから、その技法としての完成度が、見る人々を何百年にもわたって感動させ続けることができたのでしょう。

参考文献:

  マックス・デルナー「絵画技術体系」                   紀伊 利臣 「黄金テンペラ技法」

                  三浦 明範 「静物画講座 No5」

                   高橋 常政  絵画技法体系

               石原靖夫 「金箔地テンペラ画の実際」

下のヨーロッパ絵画の歴史は2018年LAPIS展にて配布した冊子のPDFです。
対象曜日:月曜日・水曜日・木曜日・土曜日


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